太鼓をやってみたいというので
その話を聞いた着付けの先生のお誘いで、年末に和太鼓の演奏会に行った。
着付けの先生は和太鼓が好きで、追っかけみたいなことをするほどだったらしく「聞いてると元気になるわよね」と。
生の和太鼓は私たち夫婦も初体験だったが、迫力がすごかった。
和太鼓のどーんと腹から響く音もさることながら、演者の気迫やほとばしる熱気に感動を覚えるという、普通のピアノなんかのリサイタルでは得難い感覚だった。
子どもたちも圧倒され魅了され、会場にあった市民団体の無料体験会のチラシに飛びついた。
20時からの体験会だったのでなかなか子どもには遅い時間だが、なんでも物は試しだ。子ども3人を連れて寒空の夜、練習会場にいそいそ出かけた。
会場で待っていたのは8人ほどのマダムたち、皆多くは語らないが優しく迎えてくれた。
そもそも大人となにかするのが好きなうちの子たちは「次も絶対いく!」と言って計5回の体験会を全て参加し、最終的に入会した。
マダムたち曰く「去年も会場にチラシを置いたけど体験に来た人はいなかった(笑)」らしく、今年も もの好きなうちの家族以外だれも体験会には来なかった。
子どもたちは「なんでかな。こんなに楽しいのに」と心底 不思議がっていた。
子ども和太鼓団体
マダム団体の体験会の3回目のときに、先生から「子ども和太鼓の団体があるからそちらの方がいいかもしれない」と言われそちらの団体も体験に行った。
こちらも開始は19時半~20時45分までと、なかなか遅い。
メンバーは10人いないくらい、小3以上が多くOBの子たちもときどき遊びに来るようで、迫力が違った。
こっちの先生は元保育士さんだけあって子どもの指導に慣れている。そして結構厳しい。
彼女は見よう見まねで保育園児に和太鼓を教えているうちに、和太鼓を続けたいがやる場所がないという子のために自身も太鼓未経験なのにこの教室をはじめた。会費は月1000円のボランティア団体。
「好きでやってたら四半世紀経っちゃった」とあっけらかんという先生の軽やかな口調に、私は寒い体育館でいたく感動した。
私もこの歳になればそれがどれだけすごいことか想像がつく。
あとから聞くとマダム団体の方も皆さんそんな感じで、私が知らないだけですごい人は案外まわりにたくさんいると気付くきっかけとなった。
週2で和太鼓、する?笑
子どもたちはどちらの団体にもハマり、両方とも入りたいといった。
しかし週2で和太鼓、する?笑
水泳とかサッカーとかピアノなら、まだわかる。
プロになるとかじゃなくても部活っぽいし健康にもいいし…いやまぁ打ち込むのが和太鼓でもいいんだけど。
そして夜が遅い。
特にお付き合いする年少の末っ子の睡眠時間を思うと本当は勧められるものでもない。
しかし過去10近くは習い事を体験してみて、子どもがやりたいというのはやっぱり貴重だということもわかっている。習い事そのものの魅力と、指導者との相性がどうしてもあるからだ。
飽きっぽく協調性のない息子が行きたいと言ったのも大きい。
帰ったらすぐに寝ること、朝絶対起きて学校に行けるなら、と約束してやってみることにした。
「子どもの興味は熱いうちにうて」というのが私の信条(笑)でもあって、すぐにやめるかもしれないけどやるだけやってみて、やっぱり無理なら考えようとなった。
一見してわからない和太鼓のすごさ
体験を通じて、私自身も和太鼓のすごさを肌で感じていたところも大きい。
まず和太鼓は叩けば鳴る。そりゃそうなんだけど。難しいことはいらなくてとにかく叩けばいいのだ。
ギターやヴァイオリンのように触り方がわからないってことはない。
ピアノみたいに旋律を奏でないと曲にならないこともない。
そして太鼓そのものの音がいい。
お腹からどぉぉーんと響くあの迫力。
音に関して私は少しだけ敏感なところがある。
音感があるとか繊細だとかいう話じゃなくてうつ病だからっす。
テレビのワイドショーとかバラエティのガヤガヤした音が苦手だし大きい音には恐怖や疲れを感じる。
太鼓の音は確かに大きくてうるさいが、なぜか不快な感じがしない。
健康な人が聞ける音、という感じでこれやってたら身も心も健康な子になりそうな予感のする音だと感じた。
もう一点いいなと思ったのは「音を楽しむ」という要素が強いこと。
奏法が簡単だということもあって、乱暴な言い方をすれば楽しく叩いとけばいい。
そしてみんなでやる団体競技だから、オーケストラに加わる楽しさみたいなものを体験できる。
「青のオーケストラ」でソロの青野くんが吹奏楽部で「一緒に奏でること」を体感したときの衝撃が描かれているが、音を合わせたり呼吸を合わせるというのは一言では表現しがたい心の内からの感動がある。
吹奏楽だとそれぞれがそれなりにちゃんと練習しないとそれが実現しないが、太鼓はそこをすっとばしても参加できる。
これはけっこう大きいことだ。
日本人の音楽の付き合い方
10代後半のころNHKの「世界ふれあい街歩き」という番組が好きだった。あの番組もそうだし、そのころ知った世界のストリートピアノでも、外国人の音楽の付き合い方って素敵だなと思っていた。
かっこいい言い方をすると人生と音楽が共にあるという感じ。
そしてみんな楽しそうに弾く。
特に素人の大人が楽しそうに弾いているのは新鮮に感じた。
日本であんな光景はまず目にしない。
日本人は上手に弾くことを目標にしてしまうというのは有名な話だが、もっと楽しい音楽の付き合い方ができたらいいのにな、とぼんやり思っていた。
それが和太鼓にはあった。
そんな和太鼓の良さを感じながら、実際こんなことがあった。
先生に叱られて泣く息子が「行かない」と言い出す
子どもの団体のほうで4回くらい行ったときだろうか、入会したいという話をした回に息子が先生に叱られた。
息子は理想が高くできない姿を見られるのを嫌がるところがある。
だからさほど練習してないのにやってみて、と言われ「無理!できない!」と抵抗した。
私はこの言い方が気になっていたのでその前にも「やってもないのに『無理』って言わない」という話は姉弟にしてあったのだが、やっぱりそれが出たらしい。
すると先生が「無理じゃない、できなくてもやるの」とぴしゃりと言った。
「失敗するのは怒らないけど、やらないのはうちでは許しません」と。
この言葉に息子は泣きだした。その後いったんお兄さんたちの演奏を見ることになったが、そのときふと息子を見ると頬からつーっと涙がこぼれ、演奏するお兄さんたちを見つめる姿があった。
“これはもういつもの息子ならやりたくないと言うだろう”と親は心の中で思った。
が、その後の練習は参加し太鼓を叩き続けた。
親は初めてのこの様子にいたく感動したが、翌週「行きたくない」と息子は言った。
話を聞くと息子の中では「強く言われた」ことが頭に残っていたようだった。
「先生は失敗した子には笑って話していたよ。できないことを怒ったりはしない。できないのにやるのは勇気がいるけど、それでもやってみようと話したんだよ」と息子の心を整理させてみると、思ったより素直に車に乗り込んだ。
「前回厳しく言ったから、もう来ないと思ったよ」と話す先生に、息子は「今日この曲がんばる」と話したそうだ。
そしてどぉぉーんと太鼓を叩いたら、息子の行きたくない気持ちは「激落ち君で消えた(息子談)」んだそう。
まだ初めて一か月ほどだけど
さて、いつまでこれが続くのかわからないがすでに手応えを感じる習い事で親は「あぁ、これが習い事の神髄かもしれない」と悟ったような気にすらなった。
ちなみに前向きで真面目、勘のいい娘は言われたことは一発でできるし笛の中でも吹くことすら難しいと言われる篠笛もさっさと吹いて、さらに難しい
1オクターブ上の音まで出せる(高音は息の出し方がめちゃくちゃ難しい。私はできない)。
ただ頭で考えられる分、こじんまりした演奏をしがちなのと若干ミュージカルでもやってんのかというような1人なにも恥ずかしくなさそうにニコニコ声を出している。
ほぼ男の子の団体なので余計毛色が違ってそれはそれで面白いが、そういやこの人演劇とかやってみたい人なんだよなとふと思ったりする。
末っ子は大してやらないのに太鼓に行くのが楽しみらしく、自作の太鼓を叩いたりみんなのまわりをうろちょろして1人遊びに興じている。
それでもなにげなく歌う鼻歌が「ドンドンドコドコ、ドンツドンツドン」と太鼓のリズムなので意外と聴いているようなのは面白い。
いろんな人に囲まれて、大きくなっておくれ。
おわり





