2月。とにかく寒かった。後半は突然温かくなって驚くほど差が激しい。
お茶をはじめたときから着付けを習い1年を過ぎたので、自分で着ることはさほど難なくできるようになった。
着付け師になりたいなどと思ったことはないのだが、着物に関わっているのは好きなので今は他装(たそう、他人に着物を着せること。自分で着ることは自装(じそう)という)を勉強させてもらっている。
自分で着られることと人に着せることはやはり別もので、学びがある。
今年の成人式は、すこしだけ着付けのお手伝いをさせてもらった。
お店ではなく、お子さんとそのご友人に着付けるという方の手伝いだ。
そこでちょっと困ったことがあった。親子ゲンカが始まったのだ。
大学生のお子さんはいかにもZ世代という感じのあまり愛想のない、でも母親や祖母に甘えて不機嫌を顔に出す子だった。他人の私がいるのに。
着付けをするお母さんもわりと過保護なご様子で時間も押していたことからバタバタし、ヘアセットが不満という娘と一触即発☆の雰囲気だった。
…これを経て思った。綺麗に着崩れないように着せるのは当然として、気持ちよく着付けをしてあげたい、と。
たとえ腕がよかったとしてもハレの日にこれはとても良くない、と、まぁ勉強になりました。
さて、本題2月の着物。
成人式で紫の絞りの振袖を着ている子がいてふと家に似たようなものがあることを思い出した。
母の年代にとって絞りの着物というのは憧れだったらしい。
どうやらこれは一回着てるか着てないか。
この年代の方たちの物を大事にする気持ちは本当にすばらしくて見習いたいが大事にしすぎて着ないのはもったいないとも思う。
帯や帯揚げも母のもの。
私の着方の問題か、顔の問題か、思い込みかはたまた全部か、こういう着物って落ち着いて…老けて見える気がする。
黒っぽい紬なんかもどうしても老けて見える気がして、手が伸びない。
私も40近くなってきたので着ようと思えたけど、帯合わせが重要になってくるのは確か。
これはメルカリでなんとなしに買った帯なのだけど、こういう雰囲気に合わせるとグッといまどきの着こなしになって我ながらいい買いものをしたなと思う。
帯締めを変えても合うし雰囲気も変わる。
着物は母や祖母のもの、知りあいからのいただきものがあるので基本買わなくて済むのはありがたく、帯だけなら手が届く。
自分の中で「高くてもメルカリで3000円」というルールを設けているのでさほど罪悪感もなく楽しめている。
3月になったのでこちらの着物はしまって、また違う物を楽しもうとしている。
その記事はまた今度。
おわり





