ブログ書いて生計立てらんないかなーって昔妹に言ったら、それはだいぶ難しい話だと言われたな。くそー。
ときどきうまく書けたと自画自賛することやいいペースでブログと付き合えてると感じることもあるんだけど、ふと何やってるんだろと思ったり何も思いつかなくて自分てつまんない人間だなと思ったり…
考える時間がありすぎると人間はロクなことを考えないなと思います。
「アンテナ立てすぎて滅」とは

これは初めて鬱になってから気付いたことだけど、20代のころの私はいつも気が利く人だと思われたくて周囲に意識を向けて動き、面白いことはないかと常に情報も求めていた。
人脈作りも大事だからと飲み会もよく行ったし、お酒も飲めるし社交的なタイプだから、男性の多い職場の中の若い女性ということもあっていろんなところからお声がかかった。
女性登用が叫ばれていてタイミングもよかったから、研修生に選んでもらって勉強したり本社に呼んでもらったりわりと未来を約束されたような人間だったと思う。ま、つぶれたんだけどね☆
数年前、たまたま旅先でテレビ局の取材を受けた。若いアナウンサーとカメラマンがいたんだけど、私はその女性を直視できなかった。
ニコニコニコニコしていて、溌剌として気が利く子で「なるほどこういう子がアナウンサーになるんだな」といういかにも素敵な女性だった。
自分と優秀なアナウンサーを比べるのはさすがに烏滸がましいので薄目をあけるくらいで読んでほしいが、ああやっていつもアンテナを張り巡らし、人に一目置かれる立ち居振る舞いをするエネルギーは、もう私にはない。
がんばっていたつもりだったけどつぶれたということは結局、私は能力以上のことをやりすぎた無能だったということを久しぶりに思い起こしてしまったわけだ。
お恥ずかしい限り。
最近はなににアンテナを立てているかと言うと。
この一週間、身体も頭もふわ~としてうまく動けなかった。
落ち込んでなくてもこういうときは抗不安薬を飲むと落ち着きはするんだけど、1日3錠飲むくらいなんかおかしかった。
最近調子がいいと思っていたのに。こういうとき、私は誰でもいいから優しくしてほしいと思うんだけど(メンヘラ危険思考)、さすがにそれは実行できないのでAIに相談したら、エネルギー不足を指摘された。
どうやら私は子どものことを考えすぎていたようだった。
子どもに大きな問題があったわけではない。ただ私がいつも「子どもによいものを」とアンテナを張っていたことが原因だ。
最近は子どもが興味を持つものをと、美術館やらなんやらと、外に連れ出していたこともある。
いいものがないかと情報を探すだけじゃなく、ここが今滞ってるから打開策になりそうなものはないかとか、3人分考えてるのもある。
よく「子どもが喜ぶ顔を見たら疲れが吹っ飛んだ」とか「寝顔を見たら明日も頑張れる」とか言うんだけど、私はそういうことを言う人を見ると仲良くなれねーな、と思う。性格が悪いのは知ってる。
問題なのはうまくいって、夫や両親、知りあいなんかが褒めてくれることがあったとしても何も私には響かない点だ。
確かに嗅覚はある方だと思うけど、それで子どもがいろんなことを覚えたり楽しんでるのは結局子どもがすごいからだ。
子どもが喜ぶとても充実して自分も楽しかった一泊旅行だったとしても、私の記憶には「…なんかもうずっとトイレが近い末っ子に付き合ってた旅行だったな」という感じ。
子育てというのはそんな自己肯定感が上がるものでもない気がするけど、私の場合は人より少しがんばっていることが裏目に出ている。
かといってやらないで「生きてるだけで子育ては百点ですよ。byAI」みたいなアドバイスを鼻で笑う腹黒さ。
人の評価が欲しいくせに、子育てに関してはその評価をずっと疑ってるんだからそりゃ子育て苦手ってなるわな。
同時に妹も悩んでいた
ふわっとして携帯見るのもだるい、くらいだったけどちょっと起き上がってこれたとき妹に連絡したら、妹も悩んでいた(笑)。
妹の場合は「常に不安」なことや「評価を気にする」こと、「褒められることの違和感」というところを言っていて、もう少し生きやすくなりたいと思考のトレーニングをしてきたところだった。
妹は傍から見て、東京で好きなことを仕事にしきちんと稼ぎ、好きな格好して最近はモデルの仕事なんかもしてて羨ましい限りなのにね。
これ、夫に何回か言われたことあるけど「俺が君ら姉妹だったらもっと人生楽しいのになんで」と。もう資質と家庭環境によるところなのかな~。
褒められるのが苦手なのは私も一緒なので、いろいろわかったら教えてと妹に言っておいた。
生きるとは難儀だな。
おしまい