「母親の後悔に光があたり、共感だけでなく、
怒りの感情を伴う激しい非難の声が一定数あったことは、
『母親』という存在に対しての人々の期待の高さと、
それゆえに厳しい評価の目があることを、浮かび上がらせている。」
と述べている。
筆者たちが一番したかったことは
母親たちが苦しまずに済む方法を模索することである。
その解決策のひとつが、後悔を口にすることならば
誰かにきちんと聞いてもらうために、なるべく小さな声で
静かに語り始めることが必要だったのだと思う。
正当性を主張したいのではない。
ただ現状に目を向けてもらうためにできる最善を模索したのだ。
固定観念に縛られた強い口調の人たちと言い争うことでは
本懐を遂げられないことを知る賢い方々だなと思った。