UnderLifeWear

レビュー『名画を見る眼』知識から生まれる世界の広がりに感動しちゃったよ

多くの方が影響を受けているロングセラーな本なので、私のようなものがレビューするほどのことはないんですが。

 

3年前にカラー版が再販される際行われた対談(宮下規久朗教授、前田恭二教授)の内容が面白かったのでそちらから引用する形でお付き合いしていただけたら。

 

ついでに私は美術のことは全くわからない。何も勉強していないしこれからも美術の世界に関わることはない。

まず著者がやべえ(語彙力)

高階 秀爾(たかしな しゅうじ、1932年2月5日 – 2024年10月17日)日本の美術史学者・美術評論家。

 

東京高等師範附属小学校(現・筑波大学附属小学校)、東京高師附属中学、旧制第一高等学校、東大教養学部の超エリート。

 

東京大学文学部名誉教授、文化功労者、文化勲章受章者。日本芸術院院長、西洋美術振興財団理事長、大原美術館館長などを務めた。国立西洋美術館館長、パリ第一大学名誉教授・・・。

 

日本の超絶エリートであることは間違いないんだけど、学歴や経歴で片づけてしまうことなかれ。

 

最初著書を読んだとき 50年以上前に書かれたとは思えないほど褪せない美しい文体と、絵画の説明なのにまるで文学ような瑞々しさがあって素人の私すらもしっとりと絵の世界に浸してくれることに感動した。

 

湧き出る知識の深さと広さ、そこから紡ぎ出される美しい文章に目を見張るばかりだった。

 

著者の高階先生はスペシャリストであり、ジェネラリスト(幅広い知識や経験を持ち、多角的な視点で物事を俯瞰できる人材のこと)だと対談の中でも語られている。

 

先日読んだ「トーヴェ・ヤンソン ――ムーミン谷の、その彼方へ」のときも思ったが、どれだけの勉強と研究をしたらこれほどの文章が書けるんだろう。

 

 

その人物に関する資料は本だけじゃない。私的な手紙やメモ書き、現地の新聞だったりするわけで、英語以外にフランス語ラテン語フィンランド語と、前提として多言語の知識がいる。

 

 

しかし言語はスタートに過ぎない。その内容まで理解しようと思ったら歴史だけじゃなく文化や風俗、気運に限らず、トーヴェの本を書いた冨原さんに至っては当時の貴族や労働者階級の女性の地位や考え方、慣習まで踏まえて話がすすんでいくのだから並の知識量じゃない。

 

それでいて文章が堅苦しくならずウィットに富んでいるとなると、文学的な作品もたくさん読んでおられるだろうし、高階先生は音楽にも精通してそう。はぁ~すご。

 

対談の中で、高階先生がシンポジウムのモデレーターをなさったときの話があった。パネルの発言を受けて的確に要約しコメントをしながら進行させる能力がすごいと。

 

「あれほど正確に理解してもらえると、パネルの方々も納得ですよね」「パネリストが言えなかったことまでちゃんとすくい上げて見事にまとめてくれます。IQが非常に高いという噂もありましたが、あんなに頭が切れる方は知りません」。

 

と対談者たちがうなるんだから、すごい人もいるんだよなぁ世の中には。

「小学生のときの図工の教科書の左下にあった絵…!」

読み進めているうちに、あれっと思った。
 

これは私が小学生のときの教科書に載っていて不思議すぎてよく覚えている絵だ、とか子ども心にキュビスムとかフォービスムの意味がわからないと思った話だ、と。

 

印象派もキュビスムもフォービスムも、結局その後教養で習っても流れの意味が全くわからず、でもわからなくても受験で問題はなかったので通り過ぎていた。

 

あれは図工の教科書だったんだろうか。図録的なのだったんだろうか。

 

うちの小学校の図工室は北側で寒くて、入口にはゲルニカの絵があった。変な絵だった。

一度読み終わったあと、再度内容を自分でまとめてみた(妹に「よくやるね」と度々言われる)。

 

絵を並べながら作者を想像しながら。子どものとき謎とも思わなかったけど不思議に思った感覚を、さらさらとほどいてかつ私のような人間にもわかるように導いてくれた人の講義を聞いた気持ちで。

 

誰にみせるわけでもない(ブログ書いてるから日の目を見たけど)。でも「アングル様式」をそういう技法かと思ってたくらいの無知な人間なので再度読みまとめると視界はさらにクリアになった。

 

これにもっと早く出会っていたら、受験のつまらない範囲も楽しく取り組めたのにな。

美術は「見ればわかる」「見て楽しかったらいい」ではない

日本の美術教育が「見る人の感性で」という方向性なのでそれは仕方ないところではあるし、そういうマインドは大事だと思ってきた。

 

子育てでも自分の心のままにやることはいいことだと思っていた。でもそれだけじゃなかった。

 

高階先生の説明を読んだ上で改めて絵を見ると、天才たちが天才であるからあの絵が描けたわけではないと知った。

 

理論的に色彩やタッチを研究し、自ら法則を生み出し完成させ、色彩の意味や構図の精妙さは自身の精神世界を反映させていた。

 

それを知って初めて、私は自分の内側から感動とか尊敬が生まれた。

 

対談でお2人は「知的な興味が感性を刺激する」「眼と頭がつながり、連動しはじめると、すごく楽しくなってくる」ということを仰っている。

 

感覚的な要素が大事なのはもちろんだけど、知識を踏まえてみることで「感性を働かせる余地を生み出す」ことの重要性を感じた。

 

ちょっとコムズかしい、ややこしい話ですね。

“感性とは、五感を通じて外部からの刺激を心に深く感じ取り、それを基に新たな価値やニュアンスを見出し、表現する心の働きや能力のこと。単に感じるだけでなく、経験や直感と結びついて知的な判断や想像・創造へ繋がる「心のセンサー」であり、豊かな感性は小さな幸せの発見や独自のクリエイティビティに繋がる”

引用:https://precious.jp/articles/-/37767

よく子育てでいう「感性を育む」ってやつ

よく子育てでは「本物に触れさせろ」的なことをいう。山や川といった自然に触れさせることもそうだし、意味がわからなくてもコンサートや美術館に連れて行くと感性が豊かになると。

 

細かいことはわからないがそれに価値がありそうってことはわかる。けどやっぱり、わけがわからんもんを見せられても楽しくはないのは大人も同じだ。

 

知識を得てから美術を見る。そこから広がるのは今まで見えていた平面の絵がまるで違うものに見えてくるほどの立体感。

 

作者がどのように考えてどれだけの時間を費やし筆を走らせたかに思いを馳せればもうそこは感性の泉に飛び込んだようなものだろう。

 

対談の最後の宮下さんの言葉が特に印象に残った。


「個々の作品の情報は、Wikipediaなどをみればあらましはわかります。ただそれを超えるもの、奥行きや深みが高階先生の本にはあります。これは、チャットGPTには出てこない内容です」


なるほどだよ、そうなんだよ。できるならこういうことに気付ける子に育ってほしい。


さぁ、じゃあ子どもがそういう風になるには親は何をすればいいのかといういうと、結局たくさんの選択肢を示してあげることなんだと思う。

 

種まきだ。こういうものがあるのか、とたくさん知っておくこと。そこからどこまで探求心をもてるかは本人次第だけれど。種はいくらでも蒔いておこう。

 

そんなふうに自分がこの本を読んで感銘を受けたところに、たまたまSNSでNHKの番組「びじゅチューン」の投稿が目に入った。これが実はほんとに種となったのだ。


本というのは不思議で、今まで全く気にも留めなかったことが本を読んでいたからたまたま別の会話で繋がったとか、偶然目に入った光景がいつもと違って見えたとかそういうことがまま起こる。

 

本から広がる世界があるのは嬉しく、これもまた、知性から広がる感性の刺激かもしれない。

 

さて、びじゅチューンがどんな種となったのかはまた次回。




おしまい

モバイルバージョンを終了