私の希死念慮の世界へようこそおいでませ~

もしかしたら今回の記事は気持ちが落ちてる人は読まない方がいいのかもしれないのでご注意ください。

希死念慮とは

文字通り「死を希望する考え」のことなんだけど「念慮」って言い方すごいよね。

 

憑りつかれるような考えってことだよね。

わたしのファースト☆希死念慮

ファーストは20代前半、新卒で入った職場でセクハラとパワハラに悩まされていたとき。

 

死にたい―――!と思ったんじゃなくて、社用車を運転しながら「このまま電柱にぶつかったくらいじゃ死ねないかな」だったと思う。

 

そのあとは通勤の電車でこのまま死ねたら会社行かなくて済むのにな、というのを動かない頭で何度も考えていた。

 

どちらも強い衝動というものではなくもうほんとにここから逃れられるならなんでもしますがどうでしょう、という感じだったと思う。

 

あとになって鬱の漫画を読むと、自殺って死にたくて死にたくて、というのもあるけど死ねたら逃げれるという妙な軽さみたいなタイプの希死念慮もあるんだね。

 

結局休職し半年くらい廃人の生活をしてたけど、死にたいというより惨めで恥ずかしくて苦しくてみたいな感じで、廃人だけど死を選ぼうと行動に移したことは一度だけ。しかもほんとにカミソリで逝けるのかなという興味本位に近かった。

 

ところがよ。カミソリ全然切れないの。漫画じゃそのままじゃ切れないから中から取り出すとか書いてあってもっと切れてたのに。安全カミソリはちゃんと安全だった。

セカンド☆☆希死念慮

セカンドは3人目妊娠のときですねー。

いやーあれはしんどかったわー。

 

 

ファーストと違うのは、ファーストは明らかに上司に問題があったんだけど、自分がもっと仕事ができればなんとかできたんじゃないかと思い込んでたところ。

 

セカンドは中絶を夫が許してくれなかったからだから、矛先が夫に向かった。

 

どんなに言っても理解してもらえず「中絶しよう」とも「中絶はしないけど大切に思ってる」もどちらもなくて、ただただ1人で心の苦しみを抱え悪阻のつらさに耐えられず泣きながら吐いて、吐いて泣いていた。

 

全部自分が背負うことが本当に苦しくて大声で泣きたくて、どこでもいいから逃げるために夜に車を走らせた。

 

夫は「それで気が済むなら出かけてもいいけど妊婦なんだから夜の運転は控えてほしい」と言ってきて、その言葉にもイライラして本当に体の中から爆発しそうだった。

 

泣きながら車のエンジンをかけ、近くのスーパーの駐車場の逃げ込んだ。わりと広めのその駐車場は踏切が近かった。

 

私はいつも踏切が見えるところに車を停め、とりあえずわんわん泣いた。泣いて泣いて泣いた後、ボーっとしながら踏切を見つめ、いざとなったらここで死ぬんだといつも考えた。

 

車はここに停めたままで歩いて行こう。終電は〇時頃だからその時間までにはやらないと。一瞬で死ねるのだろうか、座り込むか後ろを向くか…。

 

それは私にとって逃避だった。

 

実際に車を降りたことはない。でも車から見える踏切を見ていつでも死ねるという安心感を得ていた。

サード☆☆☆希死念慮

実際、ひどい悪阻になると中絶したいと思う方は少なからずいるしそれを理由に中絶した方もいる、と悪阻で入院したとき看護師さんが言っていた。

 

携帯も見られないほどの気持ち悪さと吐く苦しさ、のどが切れて出血しても止めることのできない吐き気。加えて出産の恐怖や異物感を感じて追い詰められ削られていく精神状態というのはやはり耐え難い。

 

出産前、精神科の先生に「産むと少しは楽になるのでしょうか」と私は聞いたことがある。

 

担当のぽんわりした優しい若い先生は「産めば子どもは外にでるので、物理的には、育てることを協力してもらえるという意味では、楽になると思いま

す」と答えた。

 

実際、産んだら希死念慮が少し変化した。別に楽になったわけではなく。

産んでからも夫婦の衝突は何度もあった。

 

どこも痛めることなく苦しまず、抗うつ薬も飲まずに自分の願いを叶えた夫は、私の言うことは全部ニコニコして受け止めろくらいに私は思っていたが、そんなわけなかった。

 

「大丈夫だよ」「がんばってるよ」と慰めてくれる人もいなくてまた体の深部から爆発する苦しみに悶えた。

 

唯一事情を知る入院中の看護師さん、妹だけは私の味方でいてくれたが、真夜中乳児を置いて出かけることもできず結局一人で泣いた。

 

夫の前で死にたいと何度か言ったことがあったか、その度「そういうこと言うのやめて」とキレられた(希死念慮のある人にこういう対応をするのはよくないです。TALKという考え方があります)。

 

そして夜どこに行くのと聞いてくるからスーパーの近くの踏切と答えると「それがどれだけの人に迷惑がかかるか知ってる?いくらかかるか知ってる?」と事件後の処理の話をされたときは、さすがに思考が停止した。

 

なのでどうせ外にも出れないし踏切はやめて首を吊るのがいいかもしれないと思った。

引用 https://rkb.jp/news-rkb/202205131670/

子どものころ少年Hを読んで、首吊するといろいろ出るというのは知っていた。

 

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でも死んだあとどうなろうと知ったこっちゃないからそれはいい。

 

やるとしたら家だと家族が今後住めなくなるかもしれないから物置か?と思っていた。リビングから見える物置にははしごと梁が見える。

 

充電コードで練習もした。ぐーーっと絞めると息がおかしくなるところがあった。フワッとしびれる感覚みたいなのもあって、泣いているときにこれをやると集中できて泣く時間を短くすることができた。

 

充電コードじゃ死ねないことはわかっていたが、これをやると安心して落ち着いてきて、眠れた。

 

「自傷行為にはメリットがある」という考え方

以前、世界で唯一の“リストカットの傷あと特化クリニック”を開いた村松英之医師の記事を読んだ。

 

 

クリニックの名前は「きずときずあとのクリニック」。

──自分を傷つけることにメリットがある?

村松 これは自傷行為の本質の話ですが、自傷にはストレスを和らげる効果があります。

 患者さんはよく「頭の中が嵐になる」と言いますが、死にたいくらい辛い感情、怒り、悲しみ、絶望に襲われて、頭の中がワーッと混乱状態になってしまう。そのときリストカットなどで体を傷つけると、βエンドルフィンやエンケファリンなどの神経伝達物質が出て、スッと楽になるんです。

 これは痛みや辛さから自分を守る、いわゆる脳内麻薬です。マラソンのランナーズハイや妊婦さんの出産時にも同じような現象が起きます。

私の行為を自傷行為というのはリストカットをしている人に失礼かもしれないが、少し気持ちはわかる。

 

多分これの易しい(?)バージョンが認知行動療法にある。

 

妊娠中にカウンセラーさんに教えてもらい練習したのだが、まさに文章にあるような嵐や渦に巻き込まれたとき、なんでもいいから体の動きに意識や目を向けるのだ。

 

呼吸でもいいし、手を何度もぎゅっと握って腕に力が入っている様子を自分で見つめるでもいい。

 

簡単にいうと「気を逸らす行為」だ。気持ちの客観視とも言うかもしれない。

 

「自分は今嵐に巻き込まれて苦しいけど時間がたてば収まる」と認識するだけでも違うというやつ。

 

私の場合だんだん呼吸や運動では追いつかなくなって充電コードに行きついてしまったが、充電コードで自分を殺すなんてことはよっぽどできないのでおすすめかもしれない、いやおすすめしちゃいけない、ごめんなさい(混乱)。

「死にたいほどの現実」を一時的に生き延びる

松村医師はこうも言っています。

世間の人は「自殺」と「自傷」を同じものだと思っていますが、まったく違うものです。自殺が死ぬための行為だとすると、自傷は生きるための行為。本人は「死にたい」と思って自分を傷つけていても、それは現実を生き抜くためなんです。

ということは、私がここまで書いたサードまである希死念慮は生き抜くための自衛行為、防衛反応だったのかもしれないですね。

 

 

もし今死にたい人がいたら

 

私が今回この記事を書こうと思ったのはだいぶ自分が落ち着いているという認識があったから。それでも少し引っ張られるけど、まぁ大丈夫。

 

いまどき希死念慮について書かれた本や漫画はごろごろネットにも転がっていて珍しいものでもないんだけど。こちらは希死念慮と共に生きているという方の漫画。

もし今なにもできなくて携帯を触ることくらいしか気力がなくて、あるいは相談する人が誰もいなくてこのブログに辿り着いたという人もいるかもしれない。

 

私は大した理由でもないくせに、もたもたと希死念慮を抱いたことがある身なのでもし目の前に「死にたい」という人が現れたらあんまり躊躇わず「いいね」と言ってしまうかもしれない。

 

死んだっていいよね。私が死んでもそれは広い宇宙の中では些末なことだって、宇宙研究の第一人者の渡部純一先生も言ってたよ(渡部先生がいってたのは人間の悩みなんて宇宙からみたらちっぽけよ、って話だったけど)。


「子ども残して死ぬなんて信じられない」的なこと思える人は正常よ。正常じゃないんだから仕方ないのよ。

 

それでも話くらい聞くよとは言いたい。話したいこと全部聞いたらお逝き。自殺は幇助の罪があるからね、そこは助けてあげられなくて申し訳ない。

 

私はなんとかその時その時をしのぐことを繰り返して繰り返して今に至る。

 

妹に夜中にタスケテとLINEして『生きろ!』『甘いものでも何でも、いくらでも食べるんだ』と励ましてもらったことは一度や二度じゃない。

 

そういう人がいたんだから、私は本当に恵まれてるよね。

 

とりあえず、もう寝よう。寝て今日はしのごう。



おしまい

MEET THE AUTHOR

このブログは、離れて暮らす30代姉妹が

日常のあれこれをあーだこーだ綴るブログです。

 

私たちは2歳差で

 姉Sは地元で結婚し3人の子を育てていて、

妹Uは都会で結婚もせず気ままに暮らしています。

ライフステージはまったく違いますが、

仲が良いのでいつもLINEで

いろいろな事柄を共有しあっています。

 

それは辛い人間関係のこともあるし

楽しかった経験の場合もあるし

おいしかった食べ物やお店、

たまたま見つけた便利レシピだったりもします。

 

そのなかでいつも会話している事柄を

「他の誰かとも共感したい」

と思ってはじめたのがこのブログです。

私たちは遠方に住んでいるので、

大人になってはじめた

交換日記のようなものだと思っています。

 

今これを読んでくれている人とも

共感したり、気持ちを受け止められるような

そんなことが更新できていたら嬉しいです。