【レビュー】「植物哲学」と私の作為ありありの庭いじり

新年一発目、なにを書こうかと考えていた。

 

最近のうつ事情のことかインテリアか

子育てか何か…。

 

でも新年からあんまり重いものは書きたくない気

もするし「こいつまじめか」とあんまり

思われたくない(妙な見栄)。

 

それを考えるとそんなんでよく今まで

ブログなんぞ書いていたなという状態。

 

せめてゆるくて楽しいことでも書きたいのに

自分はそういうものにもなりきれない。悲しい。

 

……そんなことをしていたら1月が終わり

節分も終わっていた。

 

暦の上では立春も過ぎましたわ。

植物のはなしをする

昨年ネットのニュースで見て気になっていた

こちらの本がやっと読めた。

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いとうせいこう氏絶賛!
「新しく繁茂している植物学の葉の先端や根っこを余すところなく紹介しながら、一人の園芸家がヒトと自然の関係を深く掘り進む。目から枯れ葉が何枚も落ちた。」

東畑開人氏推薦!
「とにかく植物がすごすぎる。人間は全然かなわない。園芸家はそのすごすぎる自然と取っ組み合いになりながら、『いのち』の臨床をしていた。」

「人為なき自然は人を癒さない」「人は植物に対してもっと『不真面目』でいい」――。
地球温暖化、SDGs、樹木伐採にオフィス緑化……自然と人間が対立し、自然をめぐって人々が分断される時代に、私たちは植物とどのような関係を築けるだろう。
園芸業界初の植物ケアサービス「プランツケア」を創始していま大注目の「哲学する園芸家」が、その特異な経験から紡ぎ出す、「自然とよりよく生きる」ための言葉と実践!

 

子供のころから「哲学」という言葉に弱い。

 

一言でいえば字面がカッコいい。

なんかいろいろ考えてそうでカッコいい。

『哲学科です』なんて言ってみたい。

 

私の哲学の目覚めは多分ミヒャエル・エンデ

の「モモ」でヨ―スタイン・ゴルデルの

「カードミステリー」。

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数年前から庭いじりをするようになったから

植物と人との関係とはなんと面白そうな題材と

楽しみにしていて

 

面白ければ花屋で手伝いをする

妹にも勧めたかったが結局 肩透かしだった。

 

発売当時はAmazonベストセラー的なのにも

選ばれていたのだが。

 

著者は大きな園芸屋の4代目。

 

販売から造園、百貨店の装飾から生け花まで

手がけ、コロナ禍には多肉植物を「永年保障」

する新しいビジネスに手を付け成功する。

 

読み進めると「植物を愛する人」というより

起業家の面が大きい印象で、そこも私の

イメージする内容と違っていた。

「エビデンスを示す」ということ

なにかの媒体で医師が「一般社会でも

“エビデンス”を求める動きが何年か前から

現れた」というようなことを言っていたが


ほんとにちょっとした記事でも昔より

根拠を示すことが当たり前になったように思う。


ネットの情報が氾濫しコロナが流行り、真実の

見極めが困難になったからか。


「植物哲学」を読むと、著者のかなりの読書量が伺える。


彼は自分の思索を心理学や行動分析学等の

観点から深めようと試み、それが本書を

書くことに繋がっているのだという。


しかしこのエビデンスを示すというのは

ときに厄介だなと今回思った。


多用すると「これは一体誰の考えなのか」

という疑問が生まれ、根拠を示せば示すほど

読者に伝わるものが薄まるという

逆転の現象が起きるのだ。


ふと大学時代のレポートを思い出した。

引用しまくってはダメなのだ。


完成されているはずの著作の中から

必要なものを抜き出して形にするのは

案外難しい。


と、思ったところであぁ…


やっぱり私は今年も上から目線の人間

だなぁと気付く。


妹とLINEしていても謎の上から目線で

コメント送ったりしちゃうんだよね。


なに様やねんと。


ほんとやめたい(切実)。

「自然を感じたい」

この本で面白かったのは、人はよく

「自然が好き」とか「ジャングルみたいな家に

住んでみたいなー」なんていうけれど

 

実は人間がいう好きな「自然」とは

『人の手が入っていないアマゾンの

ジャングル』ではなくて

 

『ほどよく人の手が入った自然っぽい自然』

であるという点だ。

 

人が本当にジャングルの中に入ったら

視界が植物で遮られ何が出てくるかわからず

恐怖や不安に駆られて自然を愛でるどころではない。

 

人が本当に好きな自然は、なにかが隠れたり

潜んだりすることができない木が数本あって

 

足元にも歩けないほどの量ではない「ほどよい」

量の植物が生えている『サバンナくらいの自然』

なのだそうだ。

 

また人が視覚的に自然の緑を心地よいと感じる

割合は実は1割程度という研究結果が

あるのだからけっこう人間は自然が怖いらしい。

 

1割の自然ってそれ本当に自然か?と疑問すら

わくほど「人為的」で「作為的」な自然が

人間の好む自然なのだ。

わたしの植物の付き合いはじめ

花は好きだったが一人暮らしで買った植物は

悉くお亡くなりになった。

 

両親は畑も花も作っていたがどうやら私は

それを引き継ぐことはなさそうだと思って

いたここ数年、ダメでもともとと庭いじりを始めた。

 

玄関前の駐車場周りに穴を掘って花壇を作り

シーズンごとに寄せ植えを道路の見える

ところに置いた。

 

写真は2年くらい前の春の寄せ植え。

これが意外とご近所受けがよかった。

 

知らないおばちゃんやおじさんに庭のことで

話かけられたことは2回や3回ではなく、

みんなが褒めてくれた。

 

「いつも綺麗にしているわね」

「こんな若い人がやっていたのね

(相手は多分私の倍くらい年上)」

 

「センスがいいわね」

「ここの花が見たくて必要ないのにここを通って

買い物に行ったりしてるの」などなど…。

 

おしゃべりがしたい話上手なオババたちの

お世辞だとしても嬉しい。

 

そういえば、庭いじりのことは珍しく父も

手放しで褒めてくれる。

褒められた記憶

私は父に褒められた記憶がほとんどない。

 

学校で図工の作品が選ばれても

運動で表彰されてもオール5をとっても

大して褒めてはもらえなかった。

 

私たちの代の親というのはたいてい

そういうものだった気もする。

 

謙遜の文化が根強かったし、私も

褒められるためにやっているわけじゃない

と思っていたから当時気にしてなかった。

 

ただ地元じゃトップの進学校に合格したとき

褒めるどころか

「お前の実力じゃ苦労するだけだ」

 

と言われたときは初めて父に悲しさと

腹立たしさの入り混じった感情を持ったと思う。

 

そんな父が庭いじりに関しては

「お前のがセンスあるから任せた」と

何度も言うんだから父も丸くなったものだ。

人為ありあり作為ありありの私の庭

花が好きなんだから素敵にやるんだろうと

思ってくれた方がいたらごめんなさい。

 

私は花に全然やさしくない。

 

一度植え付けて数日後「ここ気にいらん」と

思ったらやっと根づいてきたかなと思った根を

引っこぬいて違うところに植える。

 

しかも時間がなかったりすると抜いたまま

花壇に放置して帰ってから急いで穴に

埋めてるんだから萎びたお花のかわいそうなこと・・。

 

飽きっぽいから模様替え間隔で2か月くらいで

植え替えて組みなおす。

 

そういう意味では育ちもそんなによくない

だろうな。気にしてないけど。

 

SNSでこんもり花を咲かせるインフルエンサー

さんはすごいなと尊敬しています。

それでもお花が側にある

人は植物を支配して都合のいいように

扱っているようで、実は植物の召使いで

種子を飛ばすのを手伝っていたりする。


植物は人なしでも絶滅したりしないが

(むしろ生き生きと地球を飲み込む) 


人は植物なしでは呼吸もできない

(太古の昔地球に十分な酸素を作り出したのは

植物。今も光合成で酸素を作り出す)。


今日も私の植物への扱いは愛あるものとは

言い難いが、彼らのおかげで私も近所の

ジジババも日々癒され生きている。


もう少し上から目線をやめて、慈しむ

ように生きられるようになりたいです

(2026年抱負)。



おわり。

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