ペットを大事にしすぎる風潮が苦手です

前提として生き物大好きです

今うちには猫と金魚とメダカとアカハライモリと蛾のサナギとナナフシの卵がいる(多い)。

 

猫は2匹いて、1匹は腎臓病があるので月5千円ほどの薬代がかかっている。

 

犬や猫というのは、やはり生き物のなかでも特別な家族。

 

子どものころに飼ったゴマ柴と赤柴、ヒマラヤンの猫。おばあちゃんちにいた淑女なミックスコリーにくるくる回って騒がしいスピッツ、人を選んで態度を変えるヒマラヤンパパ猫に子育て上手で賢いママヒマラヤン…。

 

彼らとの出会いが私たちをより動物好きにさせたと思う。

 

うちの3姉妹は多分ふつうの人より犬猫好きで、散歩している犬や猫を見かけるとついふらふらと寄っていくという病気を持っている。

 

「子どもがいると散歩中の犬に声をかけやすい」という話をしたら妹に心底羨ましがられた。

 

先日妹と話をしていたら「今日盲導犬の動画で泣いた」と言っててそういうのにもめっぽう弱い。

 

本好きだった私は子どものころ、動物が死ぬ話は悲しいから絶対読まないようにしていた。そういえば何年か前に話題になった、映画のレビューで犬が死ぬかどうか教えてくれるこの人好き。

犬が死ぬか教えてくれるのに猫派というこの方の読書レビューがあったら参考にしたいのに。

 

こんなわけで私が動物好きなのは理解いただけただろうか。そんな生き物大好きな人間が、どうも昨今の一部の方たちの犬猫への関わり方が好きになれないというのが今日のお話。とくに犬の話。

 

その一部の方たちの考え方のどこが苦手なのか、べつに教えてほしくないと思うけど教えます。

①犬に家族同等の人物名をつける

自分のペットにどんな名前をつけようが自由だ。それが米袋に入るのが好きな子だから米袋ちゃんでも愛情をもってつけたのなら誰かにとやかく言われる筋合いはない。

 

 

でも子どもの名前と犬の名前を同等に扱うのは違うと思う。

 

 

例えば、姉弟が「凛ちゃん」と「蓮くん」だから犬は「蘭ちゃん」と語感をそろえるタイプ。これくらいならそこまで同等という感じはしないからいい。せいぜい同列という感じ。

 

 

じゃあこれならどうか。

空來、海來、星來(そら、かいら、せいら)

人物名にすると該当者がいそうで申し訳なくなってしまうのだが、三つ子の名前例で検索してあまりいなさそうな子で例えさせてもらった。

 

犬の名前が「せいらちゃん」だと「子どもだと思ってるのかな」という印象を受ける。もちろんそれ自体はそういう意味でつけてる人もいるからいい。ただこれが二番目の名前を犬に付けた場合だとどうか。

 

一番上の子の「そら」に合わせて付けた犬の名前が「かいら」。2人目が生まれたからその子の名前は「せいら」。

 

そうなると、これは“同列”ではなく“同等”だ。

 

飼っているのではなく、犬猫を人間のところまで引き上げてしまっている。これはなんか違うだろと言いたくなる(言わないけど)。

②ペットカメラをつける

ペットカメラのすべてを否定したいわけではないが、本来は飼い主の目の届かないときに危険が及ぶといけないからつけるものだと思う。

 

病気をして留守中発作が起きるといけないからとか、高齢犬になって足腰弱くなって心配だからとか。

 

元気なのに。留守中はケージにいれてるのに。つける意味ってなに。

 

SNSで夜に犬がクッションの綿をぬきだしまくってる犯行動画とか観ると面白いし、深い意味はなくつけてる人も多いだろうからあえてこれを人に言ったりはしないけどさ。

 

ときどき、変なの。とは思う。

③犬に社会性を身に着けさせる

柴犬を飼いだした人から聞いた話。

 

本来柴犬は社交性を求める犬ではないんだけど、最近はドッグランに行ったり犬のオフ会()があったりするから、小さいころから社会性を身に着けさせてるブリーダーさんも珍しくないのだとか。

 

年に一回そこで産まれた柴犬たちは一堂に会するのが決まりらしいです…。

 

柴犬に社交性だとッ!?!?

 

あのツンな性格がいいのではないか。人と暮らす上で必要な社会性くらいはもってるんだから、散歩中に出会った犬と目を合わさなかったり、後ずさりしてもいいじゃないか。陽キャだけがこの世のすべてだというのか!?!?

先天的遺伝の問題から人間好みに犬の見た目を変えるというのはもうほんとに忌避すべきことだと思うが、中身というのはそれもまたどうなんだ?

 

遺伝子をいじくったわけではないけど、人間の好みに合わせて柴犬に陽キャを求めるのはなんか違う気がするんだ…。

④犬猫の治療にお金をかけすぎること

「いぬの治療費をなめてはいけません」 日帰り検査での驚きの明細書が話題 保険終了の苦境も、飼い主が「守りたい」と語る笑顔の価値

https://hint-pot.jp/archives/319286

話題になったこの記事。犬猫の病気に対してお金がある人は治療したらいいんだけど、クラウドファンディングしてまで犬猫の病気を治そうとするのはどうなんだと思う。

 

自分のペットの病気に対して、人のお金を頼りにするんじゃない。

 

やるのは勝手だし寄付するのも勝手だからいいんだけど、犬や猫との距離感というか関係性を見誤っている気がして苦手だ。

 

さいごに

人類の繁栄には文明と火が欠かせなかったというが、そこに犬もいたと昔キートンさんが言ってた。

犬が側にいることで猛獣から安心して身を守ることができたと。


それくらい犬と人の歴史は長く信頼関係も深かった。ただそれは犬を使役するという意味あいだった。


愛情を全身で表す犬に対し、距離感を誤っていると感じる人はけっこういる。


どうなろうと本人の勝手だけど、その人の人生の尺度になってたりするわけで、本質的なところに触れたりもするわけで、あまり自分に近しい存在だとキツイなと思う。


70代のうちの父に言わせれば「犬畜生」にかける愛情として異常だと感じるそうだ。昔から犬を外飼いして残飯をあげてきたような田舎の人からしたら理解不能だろう。


全然関係ないんだけど、今自分の仕事のけっこうなミスが発覚した。ちょっとまずいぞこれは。


そういうわけで今日はこのへんで。



おしまい

MEET THE AUTHOR

このブログは、離れて暮らす30代姉妹が

日常のあれこれをあーだこーだ綴るブログです。

 

私たちは2歳差で

 姉Sは地元で結婚し3人の子を育てていて、

妹Uは都会で結婚もせず気ままに暮らしています。

ライフステージはまったく違いますが、

仲が良いのでいつもLINEで

いろいろな事柄を共有しあっています。

 

それは辛い人間関係のこともあるし

楽しかった経験の場合もあるし

おいしかった食べ物やお店、

たまたま見つけた便利レシピだったりもします。

 

そのなかでいつも会話している事柄を

「他の誰かとも共感したい」

と思ってはじめたのがこのブログです。

私たちは遠方に住んでいるので、

大人になってはじめた

交換日記のようなものだと思っています。

 

今これを読んでくれている人とも

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